日本で唯一、「ラッコ」「ジュゴン」が見られる
現在、国内で飼育されているラッコは鳥羽水族館で暮らす2頭となりました(2025年7月現在)。鳥羽水族館生まれの「メイ」は好奇心旺盛な“いたずラッコ”。2021年3月に和歌山県のアドベンチャーワールドからやってきた「キラ」はマイペースでおっとりとした性格をしています。そんな2頭のお食事タイムではご飯を食べる様子はもちろん、可愛らしい行動や仕草が盛りだくさん。SNSでも大人気の2頭に是非会いにきてくださいね。
人魚伝説のモデルとも言われるジュゴンも飼育は日本唯一であり、同じ海牛類であるアフリカマナティーをあわせて飼育展示しているのは世界でも鳥羽水族館だけです。2025年4月に入館38周年を迎えたメスのジュゴン「セレナ」は飼育係のことが大好きで甘えん坊な性格をしています。
鳥羽水族館
鳥羽水族館(とばすいぞくかん、TOBA AQUARIUM)は、三重県鳥羽市に本拠地を置く、日本屈指の規模を誇る水族館である。

22021年(令和3年)12月時点の展示生物は約1,200種で、日本国内では最大である。
自然の環境を再現したゾーンが12あり約1200種類の海や川の生きものが飼育・展示されている。全長約1.5kmの通路は観覧順序を無くした自由通路となっている。
年間約80万人が訪れる水族館で、2013年(平成25年)の入場者数は947,753人、2015年には累計入館者数が6,000万人を超えた。入館者の8割を大人が占めるという特徴を有し、「質実剛健な水族館」と評される。
開館の契機となったのは、ミキモト真珠島を訪れる観光客が舟で真珠島に渡る際、対岸の丸幸水産(高級魚を扱う海産物問屋)の生け簀見え、帰りにそれを見学に来たことによる。これを受けて水族館開設が立案され、ちょうど鳥羽が「海洋観光都市」をキャッチフレーズに市制を施行した年であり、初代市長中村幸吉と丸幸水産社長も親しい間柄であったことから計画は順調に進み、1955年(昭和30年)5月15日に合資会社幸商店が日本で26番目の水族館としてオープンさせた。坪最初の水族館は200坪の池を4つに区切り、ペンギン・アシカ・タイ・ハマチなどを放流した「手作りの水族館」で、ガイドがいることを売りにしていた。
1956年(昭和31年)には株式会社鳥羽水族館となった。オープン以後、多くの家族連れらが訪れ、通算6000万人を超える全国第2位の入館者数を誇っている(1位は大阪市の海遊館)。
絶滅危機にある希少海洋生物の保護・育成にも力を入れており、スナメリの赤ちゃんや日本初のラッコ2世の誕生、ジュゴン飼育の世界記録11,475日(31年5か月)、オウムガイ飼育の世界記録も保持している。世界記録を更新していたオスのジュゴン・じゅんいちは2011年(平成23年)2月10日に推定33歳で亡くなった。
ラッコ
ラッコは、愛らしい見た目とユニークな生態で世界中の人々に愛されています。ふわふわの毛皮や石を使って貝を割る器用な行動など、その魅力は尽きません。しかし、ラッコは今、絶滅の危機に瀕しています。

aquarium. co.jp
特に乱獲がラッコの数を大きく減少させた原因です。1平方センチあたり約10万本もの密度を誇り、その柔らかさと保温性から「最高級の毛皮」として知られていたのです。毛皮は高級品として取引され、北太平洋に生息していたラッコが一時は絶滅寸前にまで追い込まれました。
一時期は国内で最大122頭が飼育されていましたが、現在ではわずか2頭にまで減少してしまいました。2025年1月現在、日本国内でラッコに会える水族館は、三重県の鳥羽水族館のみで、メスのラッコが2頭飼育されています。
ジュゴン
ジュゴンは、クジラ類に似た胴体と小さな頭を持つ大型草食獣で、「人魚」のモデルになったといわれる哺乳類です。亜熱帯から熱帯にかけての浅く、温かい海に生息し、主に海草を食べています。日本国内では、沖縄島東部の沿岸域にわずかに生息しています

ジュゴンは海草類のみを摂餌するため、その行動範囲が漁業や船舶など人の活動と重なっており、混獲や衝突、餌場の海草藻場の縮小(環境悪化や埋立による消滅)等の脅威に晒されていると考えられています。 県では平成28年度からジュゴン保護対策事業を開始し、生息状況調査や普及啓発などの保護対策を実施しています。


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