安青錦 読み方は? 名前に込められた深い意味。ウクライナから夢を追って! 

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読み方と名前の由来

安青錦は「あおにしき」と読みます。本名はダニーロ・ヤブグシシンで、2004年3月23日生まれの21歳です。四股名の由来には深い意味が込められています。「安」と「錦」は師匠である安治川親方の現役時代の四股名「安美錦」から頂いたもので、師弟の絆を表しています。そして「青」には二つの意味があります。一つは母国ウクライナの国旗に使われている青色、もう一つは安青錦自身の青い瞳の色を表現しています。

また、名前の「新大(あらた)」は、彼が日本に来日した際にお世話になった関西大学相撲部の主将・山中新大さんから取られたものです。この名前には、日本で出会った恩人への深い感謝の気持ちが込められています。

ウクライナから来日した経緯

安青錦の人生を大きく変えたのは、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻でした。当時17歳だった彼は、幼少期から相撲に魅了され、「12歳から日本で力士になりたい」という夢を抱いていました。7歳から相撲を始め、レスリングと並行して経験を積み、世界ジュニア相撲選手権では3位に入賞するなど実力を蓄えていました。

運命の出会いは2019年に遡ります。大阪府堺市で開催された世界相撲選手権大会で、関西大学相撲部の山中新大主将が15歳だった安青錦に「ハロー」と声をかけたことが、すべての始まりでした。二人はインスタグラムでつながり、相撲好きの若者同士として国際交流を続けていました。

しかし、戦火が激化する中、ウクライナの法制度では18歳になると出国が認められなくなることから、安青錦は夢を諦めるか、すぐに行動を起こすかの岐路に立たされました。彼は山中さんに「日本に避難できないでしょうか」とメッセージを送り、2022年4月、戦火を逃れて日本へと旅立ちました。

来日後は山中さんの実家に下宿し、昼は神戸の日本語学校で日本語を学び、夜は関西大学相撲部の土俵で稽古を重ねる日々を送りました。関西大学は「練習生」という立場で彼を受け入れ、約8カ月間、部員たちと共に汗を流しました。当時から部員の誰も勝てないほどの強さを誇っていたといいます。2022年末には安治川部屋との縁があり、晴れてプロの道が開けました。

強さの秘密

安青錦の強さは、その特異な体格と技術の融合にあります。身長182cm、体重140kgと、幕内力士としては決して大柄ではありませんが、レスリングで培った驚異的な体幹の強さと低い前傾姿勢が最大の武器です。解説者からは「背中にまな板が入っているよう」と評されるほど体幹が強く、相手の攻めを受けても上体が起きることがありません。

得意技は右四つからの寄りで、特に「内無双」という珍しい技を得意としています。レスリング経験者ならではの技で、内側から相手の足を払う技術は、相撲界では珍しい武器となっています。また、「渡し込み」や「切り返し」といった技も駆使し、相撲巧者として知られています。

2025年7月の名古屋場所では、横綱・豊昇龍から金星を獲得し、ウクライナ出身力士初の金星を挙げました。さらに初土俵から10場所目という小錦を超える最速記録での金星獲得となり、その実力が証明されました。

将来の横綱への道

安青錦の成績は目覚ましいものがあります。2023年9月場所で初土俵を踏んでから、序の口、序二段で優勝を果たし、2025年3月場所では初土俵から9場所で幕内入りを果たしました。これは歴代トップタイのスピード出世です。新入幕以来、4場所連続で11勝を挙げるという安定した成績を残し、2025年11月場所では初土俵から13場所で関脇に昇進し、年6場所制以降の最速記録を樹立しました。

現在進行中の九州場所でも、8日目終了時点で7勝1敗と好調を維持しており、大関昇進の目安とされる「三役で3場所33勝」に向けて着実に歩みを進めています。専門家の分析によれば、過去60番の取組から見える彼の勝率や技術の高さから、「横綱・安青錦」の実現も決して夢物語ではないと評価されています。

また、安青錦は将来的に日本国籍を取得する意向を示しており、「相撲が好きなので、できれば指導もしたい」と親方としての道も視野に入れています。

母国ウクライナへの思いも強く、「自分の相撲で1人でも元気になってほしい」と語り、土俵での活躍を通じて祖国に希望を届け続けています。戦火を逃れて日本にやってきた青年が、日本の伝統文化である大相撲で頂点を目指す姿は、多くの人々に勇気と感動を与えています。

安青錦の今後の活躍から、ますます目が離せません。

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