ある年の秋、平尾台で大きな満月を見ました。
「今日は月が大きいな」
そう思いながら眺めていたのですが、後で調べると、その日はスーパームーンでした。
スーパームーンについて調べているうちに、ふと疑問が湧きました。
月をこよなく愛した平安貴族たちは、この大きな満月をどのように見ていたのだろうか。
月にはさまざまな呼び名がある

スーパームーンとは、月が地球に近づいた状態で満月となり、普段より大きく見える現象です。
調べてみると、北米先住民には「ウルフムーン」「ピンクムーン」など、満月ごとにさまざまな呼び名があることを知りました。
日本でも昔から月には多くの名前が付けられています。
代表的なのは「中秋の名月」です。
また、月の満ち欠けにも、
- 三日月
- 繊月
- 上弦の月
- 下弦の月
- 有明の月
など風流な名前があります。
和歌によく登場する「有明の月」は、夜明けの空に残る月のことです。
こうした呼び名を見るだけでも、日本人が昔から月を身近に感じていたことが分かります。
百人一首と有明の月

「有明」という言葉を聞くと、私は子どもの頃を思い出します。
夏休みになると母の実家へ長期滞在していました。
築百年を超えるような古い家で、祖父や叔母と百人一首をして遊んだものです。
その頃は意味も分かりませんでしたが、「有明」という言葉が何度も出てくることが不思議で印象に残っていました。
今になって調べてみると、それが月を表す美しい言葉だったことを知りました。
平安貴族は月をどう見ていたのか
平安時代の貴族たちは月を非常に大切にしていました。
中秋の名月には観月の宴を開き、
- 月を眺める
- 和歌を詠む
- 管弦を楽しむ
- 酒を酌み交わす
といった風雅な時間を過ごしていました。
また、水面や盃に映る月を愛でることもあったそうです。
彼らにとって月は単なる天体ではなく、美しさや季節の移ろいを感じる特別な存在でした。
なぜスーパームーンの記録は残っていないのか
しかし、古典文学や記録の中に「今日は月が特別に大きい」という記述はほとんど見当たりません。
一方で、藤原定家の『明月記』には彗星や日食、月食などの天体現象が詳しく記録されています。
それではなぜスーパームーンは記録されなかったのでしょうか。
おそらく理由は単純です。
スーパームーンは通常の満月より大きく見えるとはいえ、その差は約14%ほどです。
比較する対象がなければ、肉眼ではなかなか分かりません。
また、当時の人々は月の大きさよりも、月の美しさや風情に心を寄せていたのでしょう。
平安貴族が見ていたのは、天文学的な現象ではなく、夜空に浮かぶ月そのものだったのかもしれません。
スーパームーンの仕組み

月は地球の周りを完全な円ではなく、少し楕円形の軌道で回っています。
そのため、地球との距離は常に変化しています。
月が地球に最も近づいた頃に満月になると、普段より大きく明るく見えます。
これがスーパームーンです。
最も遠い満月と比べると、見かけの大きさは約14%、明るさは約30%ほど違うといわれています。
とはいえ、劇的に巨大化するわけではありません。
だからこそ、昔の人々は特別な現象として意識しなかったのでしょう。
おわりに
平尾台で見た大きな満月から始まった疑問でしたが、調べてみると平安貴族たちは月の大きさよりも、その美しさや風情を大切にしていたことが分かりました。
もし彼らがスーパームーンを見ていたとしても、
「今日は月が大きい」
ではなく、
「今夜の月は美しい」
と和歌に詠んだのかもしれません。
私もまた、平尾台の夜空に浮かぶ月を眺めながら、千年前の人々と同じように月の美しさを楽しんでいたのだと思います。
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