野呂佳代はなぜ人気?|バラエティーで見つけた自分の居場所と女優への道

思う(考察・文化・シニアの暮らし)

最近、色々な所で、「野呂佳代」いう名前を聞きますし、娘とテレビを見ていても、野呂佳代さんがここにも出ていると言う会話を何度もしました。

ネットでも、最近の野呂佳代さんの評価は高く、ドラマに欠かせない女優などと言う趣旨の評価も何度も見ました。

野呂佳代さんで私が覚えているのは、もう十年以上前のSDN48時代のことでした。

番組名は忘れました。

さんま御殿だったかもしれません。当時、AKB48の中心的メンバーであった、大島優子さんの親友ということで出演したと記憶しています。

SDN48はAKB48と同じく、秋元康さんプロデュースのグループで、年齢が20歳以上で、既婚者いたというアイドルとしては異色のグループでした。

アイドル挫折時代

野呂佳代さんのスタートはAKB48でした

野呂佳代さんも当初はAKB48に在籍していましたが、その番組に出演したときはSDN48に移籍したころで、野呂さん自身が、AKB48からSDN48へ移ったことを「押し出された」という趣旨で振り返っていたのが印象に残っています。

そのとき思ったのは、野球でいえば、良くて二軍落ち。悪くて、戦力外通告ぐらいのものだろうと言う印象で、トップアイドルも大変でこうやって、生き残って行く人と、外れて行く人に分かれて行くんだなということでした。

アイドルからバラエティーヘ

バラエティでも活躍

それ以降、私は特に野呂佳代さんに注目していたわけではありませんが、それからかなり年数が経って、時々バラエティーで見かけるようになりました。

これは、私の記憶では、当初は、時々バラエティーに出ているんだなと言う程度でしたが、ある時期から、なにか、振り切れたものがあったのでしょうか、バラエティーでは、注目を集めるくらい活躍し始めました。

アイドルからのバラエティーへの変化は、アイドルからバラエティーで活躍するようになった背景には、有吉弘行さんからの言葉もあったようです。野呂さん自身も、当時の有吉さんから「どんな仕事も全力でやれ」と言われたことを、大きな転機として振り返っています。

あの、さんま御殿への出演の時も、バラエティーに向いているキャラではあったと思います。

女優として伸びた理由

今や女優として引っ張りだこだそうです

私は、野呂佳代さんが女優として評価されるようになった背景には、バラエティーで培った対応力もあるのではないかと思います。

あくまでもわたしの私見ですが、ひとつは、アイドルの挫折と言う経験があったこと。

しかし、持ち前の明るいキャラで、その挫折にも負けないメンタルがバラエティーで成功を納め、現在の女優としての地位を築きつつあるのではないでしょうか。

私の娘たちと重なる部分

私には娘が二人います。性格はまったく違います。

長女は、まじめで何事にもこつこつ取り組むタイプ。一方、次女は直感的に動くタイプで、親の私をハラハラさせることもあります。

最近、長女は小説を書いて応募し始めました。次女は動画編集の仕事を始め、こちらは少しずつ収入につながるようになりました。

親から見ると、二人ともまったく違う道を歩んでいます。それでも、それぞれが自分なりのやり方で前に進んでいます。

野呂佳代さんを見ていると、娘たちのことを思い出します。

人にはそれぞれ、自分に合った生き方があるのかもしれません。

コメント