10月14日は「鉄道の日」です。
1872年(明治5年)のこの日、新橋と横浜の間で日本初の鉄道が開業しました。1994年(平成6年)に「鉄道の日」が制定され、鉄道の歴史や役割を振り返る日となっています。
(出典:国土交通省「鉄道の日」)
JR九州でも九州各地で様々なイベントを計画しています。
私にとって鉄道とは
私は、熱狂的な鉄道ファンと言うわけではありません。
ひとつは移動手段。
何か鉄道は安心感があります。
また、自転車を積んで輪行も何回かしました。
もうひとつは、地方の電化されていないような、JR線や私鉄、第三セクターなどのレトロな雰囲気。
ごとごとと音を立ててのんびりと車窓の風景を愉しむ。


子どもの頃の思い出
私の子どもの頃の思い出は、蒸気機関車です。
当時住んでいた場所は、今ではすっかり住宅地になっていましたが、当時や広大な田んぼで走り回ったり、農業用の用水路でフナを獲ったりしていました。
そして、その広大な田んぼの真ん中に日田彦山線の線路が通っていました。
その頃は、まだ蒸気機関車が走っていました。
その線路に耳を当てていると蒸気機関車が近づいて来るのが分かります。
急いで、線路から田んぼに降りて待っていると蒸気機関車が煙を吐きながらやってきます。
田んぼから手を振ると、機関誌の方が手を振ってくれることもありました。
長閑な時代でした。
今も残る貴重な地方鉄道
今では、蒸気機関車はありませんが、今でも一部は残っています。
日田彦山線は、登山には良い路線です。
平尾台・福智山(石原町駅)、英彦山(彦山駅)、牛斬山(採銅所駅)、浅間山(筑前岩屋駅 ※現在はBRT) などの山の登山口の最寄りの駅があります。
平成筑豊鉄道は、蔵持山(犀川駅)に登る時に使いました。
しかし時代の流れもあり、日田彦山線は大雨で、橋梁や線路が被害を受け日田彦山線の一部区間は、鉄道での再建を断念した。
現在はBRTひこぼしラインとして運行されています。
平成筑豊鉄道も、令和8年以降にBRT転換が検討されています。
九州の鉄道遺構
ここでは、九州で見ることが出来る鉄道遺跡を2つ紹介します。
▩九州鉄道記念館
明治時代建築の赤レンガ造りの建物。
明治時代に九州で制作された木造客車の展示やC59方、9600型など懐かしい車両も多数展示。
ファン必見の本格操縦体験など鉄道の歴史と遊びが詰まった鉄道記念館。
(九州鉄道記念館ホームページ)
門司港駅近くにあります。
九州鉄道記念館に入場すると、奥に赤レンガの建物があります。
そしてその入口近くに、蒸気機関車があり、続いて古い客車や寝台特急の車両が展示されています。
寝台特急は「あさかぜ」という青い色の車両が記憶にあります。
子どもの頃、これに乗って家族で東京に行ったことお思い出します。
赤レンガの建物に入ると、吹き抜けの中央に木造の客車があります。
これは私の知らない時代です。
奥には、鉄道のジオラマもあります。
2階の展示御室には、古い時代の駅長室や、列車のプレートなどが展示されています。
駅長室では、赤レンガの壁に木の机にレトロな扇風機。
懐かしいと言うより、私にはこのレトロな雰囲気は好きです。
鉄道ファンでなくても十分楽しめます。


▩旧豊後森機関庫
久留米〜大分間の重要なポイントとして役割を担い、玖珠町を大いに栄えさせました。第2次世界大戦中は軍事輸送の拠点となり、米軍機の機銃掃射も受けています。外壁には今なお弾痕が残り、戦争の記憶を残しています。この鉄道遺産なくして久大本線は語られない!国の登録有形文化財となった機関庫と転車台。
(玖珠町観光協会ホームページ)

大分県玖珠町にあります。
すぐ近くに町営駐車場があります。
そこから歩いて、豊後森駅を過ぎると豊後森機関庫公園があります。
豊後森駅は、ゆふいんの森号も止まる駅です。
公園に入ると、広い敷地の真ん中に蒸気機関車があり、その背後にはかつての機関庫のガラス窓が割れた建物が廃墟として横たわっています。
ここが有名になったのは、機関庫であると言うより、この廃墟が話題になったと記憶しています。
そのような、廃墟というイメージに反して、そこはむしろ蒸気機関車を間近で見ることのできる場所として人気があるようです。
実際、私が訪れた時は子供連れの家族2~3組いて、子供が楽しそうに遊んでいました。
敷地内には豊後森機関庫ミュージアムがあります。
入場料は200円。その入場券は、鉄道の入場券を模したデザインです。
そこでは、機関車に関する展示物やクリアファイルやステッカーなどのグッズの販売も行っています。


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