福岡県を自転車や車で走っていると、思いがけない場所に小さな神社を見つけることがあります。
人家の少ない山あいにあったり、森の中にひっそりと鎮座していたり、道路を曲がったら突然鳥居が現れたり。
そんな神社を訪ねてみると、そこには地元で大切に守られてきた伝承や、思いがけない歴史が残っていることがあります。
今回紹介するのは、私が実際に訪ね歩いた福岡県の小さな神社です。
どれも全国的に有名な神社ではありません。
けれど、そこへ行かなければ出会えなかった風景や物語がありました。
そんな小さな神社を5社、訪ねてみました。
愛鷹神社(福岡県古賀市)

愛鷹神社は、古賀市谷山に鎮座する神社で、彦火火出見尊(山幸彦)、豊玉媛尊、鵜草葺不合尊を祀っています。
社伝によれば、平安時代中期の天徳2年(958年)に創建されたと推定され、もとは標高263mの大目配山の山頂付近に鎮座していたと伝えられています。永享3年(1431年)に現在地へ遷座しました。
「愛鷹」という社名は、山幸彦が鷹を愛したことに由来すると伝えられています。
愛鷹神社は、ネット地図で小山田斎宮を探しているときにすぐ近くにあるのを見つけました。
せっかく自転車で行くので、小山田斎宮だけではもったいないので、ツーリングをしながらその神社にも行くことにしました。
農村の入り組んだ道で特に目印になるものがないので走りながら探していると、ある角を曲がったら突然目の前にありました。
人家の疎らな鬱蒼とした森の中にあります。
小さな神社ですが、神聖な雰囲気に包まれています。
社殿の横にある大きなイチョウが印象的です。
拝殿で参拝する姿を三脚を立てて自撮りしているとたまたま私に光芒がさしていて神々しい写真になりました。
この様な写真は滅多にありませんが、いくつかはありました。
清地神社(福岡県みやこ町)

清地神社は、みやこ町の矢留山に鎮座する神社です。
詳しい由緒は分かっていませんが、嘉祥年間(848~851年)にこの地へ遷座したと伝えられています。御祭神は、素戔嗚尊、稲田姫命、五十猛命です。
毎年10月10日には、餅や柿、栗、新米などを神々に供える伝統神事が行われています。
清地神社へは、平成筑豊鉄道の写真を撮りに行った時にちょうど目の前に神社の鳥居がありました。その鳥居から森の中に向かって、苔生した石段が続いていました。
良い雰囲気だと思い入って行きました。
の中の石段を上っていくと、その先に小さな社殿がありました。
良く手入れされています。地方にある地元の神社なのでしょう。
地域の人たちが大事に守ってきたことがうかがえます。
大積天疫神社(北九州市門司区)

大積天疫神社は、北九州市門司区大積に鎮座する神社です。
境内には、壇ノ浦の戦いにまつわる海御前の伝説が残されています。
今日は日曜日なのであまり出掛けたくなかった。しかしせっかくの休みなので、近くの門司の方を自転車で走って見ることにしました。
新門司まで海沿いを走っていましたが大積まで行った時、特に何もなかったので引き返そうと道路をUターンして渡った所に偶然神社を見つけました。
大積天疫神社と書いてあります。
自転車を止めて中に入ると、ちゃんちゃんこを着たカッパの石像と大きな石碑があります。
石碑には「海御前様」と書いてあります。
境内にある水天宮の説明には平家の女官たちの物語が書いてありました。
北九州には、この様な話が何か所かあります。
六嶽神社(福岡県鞍手町)

六嶽神社は、鞍手町室木に鎮座する神社です。
鞍手町南部の六ヶ岳は、宗像大社の三女神が降臨した地と伝えられており、山頂には六嶽神社の上宮があります。
古くから宗像三女神との関わりが伝えられ、延喜7年(907年)には社殿のご紋が定められ、応安7年(1374年)には足利義満によって社殿が造営されたとされています。
六嶽神社には、宗像三女神が降臨した地と知り行って見たいと思いました。
そのころ私は、津屋崎古墳群を巡っていました。
宗像三女神が降臨伝説には元々強い関心を持っていました。
その後、鞍手町が、「ヤマトタケル伝説」「神功皇后伝説」など、伝説、古墳なども豊富な地域でそのことから六嶽神社を訪れました。
表参道からは、長い石段なので自転車を置いて長い石段を上りました。
上まで行くと、深い森に鳥居が建っています。
人の姿はありません。
まさに、神秘の雰囲気に浸りながらひとりきりで歩いて行くと、前方には木々の間から社殿が見えてきます。
どんな社殿だろうと思いながら近づいて行くと、ひとりの大人と数人の子供たちの姿がありました。
どうも祭りの準備をしているようでした。
神秘の雰囲気に浸りながら緊張してやって来たのですが、すこしホッとした部分もありました。
八女津媛神社(福岡県八女市)

八女津媛神社は、八女市矢部村の神ノ窟に鎮座し、八女の地名の由来となった八女津媛神を祀っています。
社伝では養老3年(719年)の創建とされ、巨大な岩窟の下に社殿があります。古くは水源地として大切にされ、中世には修験道の行場でもあったと伝えられています。
『日本書紀』には、景行天皇の筑紫巡幸の際、この地を治めていた女神として八女津媛の名が登場します。
そろそろ秋の気配が近づいて来て、テレビでは、盛んに秋に関連する番組が目立ち始めました。
うきは市は「フルーツ王国」といわれる果物の産地です。
秋を満喫しようと、長女を誘って行きました。
道の駅うきはでマスカットは買いませんでしたが「ピオーネソフトクリーム」を食べて次に八女津媛神社に向かいました
矢部村に入ると、が一台通るか通らないくらいの道が続きます。
曲がりくねった道を行くと、何もない森の一角に八女津媛神社があります。
拝殿の横には、伝説の「八女津媛」と思われる像があります。その奥には、岩屋があり上から水が滴っています。
まわりは森に囲まれ静かです。
ほかに人の姿はありません。
その「八女津媛」と思われる像だけが存在感を放っています。
このような地方のひっそりある地元の神社で人に会うことはほぼありません。
それでも、きれいに掃除されて長年守られてきたこのような地元の神社。
最近では、氏子さんたちの数も少なくなっているそうですが、守っていきたいものです。


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