帝踏石と景行天皇|土蜘蛛伝説が残る北九州の巨石

歴史・史跡めぐり

10年以上前から、神社を巡るのが好きで、各地の神社を調べていました。

その時に、特に九州北部に神功皇后に関連する神社が多いことを知りました。

神社を巡るのは、そこに、記紀などに載っていない歴史が記されているからです。

自転車で荘八幡神社に行った時、裏の参道から出ると、松尾神社と言う小さな神社がありました。

その境内に「天皇井」と言う標識に、景行天皇の伝承が書かれていました。 景行天皇の伝承も、北九州西部からみやこ町にかけて点在していることがわかりました。

帝踏岩とは

実際に行ってみると、帝踏石は住宅地の中にありました。

周囲には普通の家が並び、近所の子供たちの遊び場のようになっています。

しかし、巨大な岩を前にすると、住宅地の中とは思えない独特の存在感があります。

古代伝説が残る場所が、現在の日常の風景の中に自然に溶け込んでいることが不思議に感じられました。

帝踏石 撮影は筆者

景行天皇と土蜘蛛伝説

景行天皇は、日本書紀に登場する古代天皇です。

伝承では九州遠征を行い、各地で土蜘蛛と呼ばれた勢力を討伐したとされています。

帝踏石もその遠征の際に残された伝説の一つです。

松尾神社と天皇井

荘八幡神社を参拝したあと、裏参道から住宅地へ出ると、小さな松尾神社がありました。

静かな境内には人影はなく、木々に囲まれた落ち着いた雰囲気です。

そこで偶然見つけたのが「天皇井」の案内板でした。

景行天皇の名前を見た時、神功皇后伝承だけでなく、この地域にはさらに古い伝承も残っていることを知りました。

松尾神社境内にある天皇井跡 景行天皇の伝承地
天皇井跡 撮影は筆者

みやこ平野と古代伝説

帝踏石から南へ行くとみやこ町があります。

この地域はかつて京都郡(みやこぐん)と呼ばれていました。

伝承では景行天皇が行宮を置いたことから「みやこ」という名前になったとも言われています。

御所ヶ谷神籠石

みやこ町には御所ヶ谷神籠石(ごしょがたにこうごいし)があります。巨大な石垣が山を囲む古代山城と考えられている遺跡です。

築造は7世紀と考えられています。

「御所」と言うのは皇居のことです。ここが、景行天皇が皇居を構えた場所と伝えられています。

水門の上には、開けた場所があり、かつて建物があった礎石があります。そして、その中央辺りに景行神社が祀られています。

御所ヶ谷神籠石の石垣 古代山城の巨石積み
隙間なく積まれた巨石 撮影は筆者

古代の交通路

みやこ平野は

  • 朝鮮半島
  • 北九州
  • 瀬戸内海
  • 飛鳥

を結ぶ交通路の途中にあります。

この地形を見ると古代に重要な地域だった可能性も感じられます。

みやこ平野は

  • 朝鮮半島
  • 北九州
  • 瀬戸内海
  • 飛鳥

を結ぶ交通路の途中にあります。

この地形を見ると
古代に重要な地域だった可能性も感じられます。

歩いて気づいた古墳

案内板は少ないですが地図を見ると

平成筑豊鉄道の旅で崎山駅から犀川駅まで歩いていると、周囲に多くの古墳があることに気づきました。最初は特に古墳を見る目的ではありませんでした。

しかし、駅から歩いていると、小さな丘のような地形が点在しています。

地図を見ると、周囲には古墳群が集中していました。

実際に歩いてみると、この地域全体に古代の痕跡が残っているように感じます。

ナノミ古墳群
大熊古墳
本庄神社南古墳群

などが密集しています。

この地域にはまだ知られていない古代の歴史が残っているのかもしれません。

みやこ平野の風景 古代交通の要衝とされる地
点在する古墳群 撮影は筆者
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