岡湊神社へは自転車で向かいました。芦屋の町に入り、芦屋橋を渡って町役場の裏手の入り組んだ路地を進むと、二股に分かれた道に突き当たります。その角に、ひっそりと神社の鳥居が建っています。
私がここを訪れたのは、神功皇后ゆかりの神社とは知らなかった頃でした。境内に入り、古びた木製の由緒書きを読んで、初めて神功皇后ゆかりの神社であることを知りました。文字もところどころかすれ、長い年月を感じさせる由緒書きでした。
岡湊神社

それから5か月後、近くまで来る機会があったので、自転車で再び訪れました。前回は社務所に人がおらず、御朱印をいただけなかったからです。
神社に入ると、由緒書きは立派な木目の新しいものに建て替えられ、文字もはっきりと刻まれていました。
しかし、その日も10時近くになっても社務所には誰もいません。周囲を見回すと、「御用の方は裏の家へお越しください」と書かれた案内がありました。
裏の家を訪ねると、窓から年配の男性が顔を出し、「社務所でお待ちください」と声を掛けてくれました。
しばらくすると、その男性は奥様と思われる女性と一緒に社務所へ来られました。女性は授与所にお守りやお札を並べ始め、ちょうど一日の授与が始まるところだったようです。
御朱印は、その男性が丁寧に力強い筆文字で書いてくださいました。
古遠賀湾
かつて遠賀川河口には「古遠賀湾」と呼ばれる大きな湾が広がっていたと伝えられています。現在とはまったく違う地形だったと考えられています。
「古遠賀湾」と「神功皇后伝説」に歴史ロマンを感じた私は、その後、多くの神功皇后ゆかりの神社や史跡を自転車で巡るようになりました。
神功皇后は、現在の北九州市八幡東区にある皇后崎付近(かつて高見神社があったと伝えられる場所)から若松を経て古遠賀湾をさかのぼり、埴生神社まで船で往来していたと地元では伝えられています。
日本書紀に記されているのは、各地に残る伝承の一部であり、現地を歩くと、それ以外にも多くの伝承が受け継がれていることが分かります。
遠賀川

遠賀川は、現在でも河口付近ではゆったりとした川幅が広がっています。対岸には航空自衛隊芦屋基地があり、現代的な風景が目に入ります。
一方、この遠賀地方は古く「崗」と呼ばれ、多くの神話や伝説が残る地域でもあります。鞍手の神功皇后伝説をはじめ、宗像三女神やヤマトタケルにまつわる伝承など、古代の物語が数多く語り継がれています。
空自衛隊基地が広がる現代の風景。その向こうには、かつて広大な古遠賀湾が広がっていたと伝えられています。
「古遠賀湾」という言葉を耳にするたび、私は歴史ロマンを感じずにはいられません。
現代と古代が静かに重なり合うこの場所には、ほかにはない不思議な魅力があります。
遠賀川の流れを眺めながら、「古遠賀湾」という名に思いを巡らせると、日本書紀の世界は決して遠い昔の物語ではなく、この風景の中に今も息づいているように感じられました。
神功皇后の船が止まったと言う出来事の続きは、神功皇后が魚鳥池で心を鎮めたと伝わる逸話へと続きます。
本記事は「神功皇后ゆかりの地を訪ねる」シリーズの一編です。
日本書紀に登場する神社や史跡を実際に訪ね歩きながら、九州各地に残る伝承や歴史をご紹介しています。
まとめ記事「日本書紀をたどる神功皇后伝説|九州ゆかりの史跡11選」では、シリーズ全体をご覧いただけます。
これからも九州各地に残る歴史や伝承を、自分の足で歩きながら、一つひとつ紹介していきたいと思います。



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