神功皇后の心を癒した魚鳥池|神功皇后ゆかりの地を訪ねる

歩く(旅・歴史・自然)

魚鳥池ぎょちょうがいけは、日本書紀にも登場する神功皇后ゆかりの地です。現在は広大な田園風景が広がっていますが、この地には古くから魚鳥池の伝説が伝えられています。

魚鳥池に行ったのはもう十年ほど前になります。なぜ魚鳥池行くことになったのかはよく覚えていません。主な目的は、この周辺の貴船神社に「神功皇后船留の松」があると知ったからです。

自転車で出発し、まず「芦屋歴史の里」に行きました。縄文時代の貝塚から発見された人骨があるということでした。実際に人骨を見ると、縄文時代がリアルに感じられます。

各地の博物館や歴史民俗資料館などを見るのは好きです。北九州の「いのちのたび博物館は」何度も行きました。また「九州国立博物館」「福岡市博物館」は見ごたえがあります。

地方の独自のテーマの博物館も楽しいです。「伊都国歴史博物館」は、大量の銅鏡が発見された「平原遺跡」にありますし「宇佐風土記の丘」は「高森古墳群」にあり、博物館と同時に実際の遺跡も見ることが出来ます。

神功皇后船留の松

神功皇后船留の松 撮影は筆者

言い伝えでは、「皇后の船が洞海を通る時、船がなかなか進まないので、貴船の神を祀って、松を植えた」と言われていいます。「皇后の船が洞海を通る時、船がなかなか進まない」と言う話は日本書紀に書かれています。しかし、この「貴船の神を祀って、松を植えた」という伝承は日本書紀には書かれていません。

魚鳥池

魚鳥池に行くと広大な田んぼのがひろがっています。

その田んぼの一角に、「魚鳥池」と書かれた巨大な大な石碑が建っています。そこまで行くと、一軒の住宅の横に、魚鳥池の説明が書かれています。その背後には、石の井戸の様なものがあります。

魚鳥池神社

雨の魚鳥池神社 撮影は筆者

さらに、この近くに神功皇后を祀った魚鳥池神社があると書かれています。

当時は、土砂降りの雨で気づきませんでしたが、この魚鳥池の全貌は、魚鳥池神社から見わたすことができます。

魚鳥池神社の鳥居の下まで来ました。車の通れる道もなさそうなので、自転車を担いで石段を登りました。

境内には小さな社殿があり、その軒下で雨宿りをすることにしました。

その時、雨がポツポツ落ちてきました。そして雨はすぐに土砂降りになりした。

また蜑住(アマズミ)と言う地名があり、この「アマ」とつく地名は海人族に関係がある地名と言うことで、神功皇后の日本書紀の記述と合わせると、何かと海に関係が深い場所である、歴史的にも興味深い土地です。

魚鳥池神社で雨宿りをしながら、持って来た弁当を食べましたが、いっこうに雨が止まないので、レインウェアを着て、土砂降りの中自転車で若松恵比寿神社に向かいました。

若松恵比寿神社

満開の梅 撮影は筆者

国道199号線を、若戸大橋の方に向かって走ります。雨はさらに激しくなってきました。もうほとんど前も見えません。土砂降りの雨の中、自転車を漕ぎ続けます。

走って行くと前方に若戸大橋が見えて来ました。雨は少し小降りになっています。

着いた頃には雨はすっかりやんでいました。

境内には、梅の花が満開です。

若松恵比寿神社には武内宿禰命(たけしうちのすくねのみこと)が祀られていることから、神功皇后とも関係があるのですが、日本書紀の記述にはないエピソードが元になっているので、別の機会にご紹介したいと思います。

魚鳥池ぎょちょうがいけで心を癒された神功皇后ですが、この後舞台は香椎宮へと移ります。


本記事は「神功皇后ゆかりの地を訪ねる」シリーズの一編です。

日本書紀に登場する神社や史跡を実際に訪ね歩きながら、九州各地に残る伝承や歴史をご紹介しています。

まとめ記事「日本書紀をたどる神功皇后伝説|九州ゆかりの史跡11選」では、シリーズ全体をご覧いただけます。

これからも九州各地に残る歴史や伝承を、自分の足で歩きながら、一つひとつ紹介していきたいと思います。

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